生命の死というものに触れ
日常の中での雑音が耳障りな日々が続いていた
静寂を求めても
都会の中にはそんな場所はなかなかない
自然のなかに身を投げて
創造された音の中から離れたかった
御殿場にある禅堂に身を寄せてみた
そして3日間食を絶った
思っていたほど心身に変化は現れていない
体重が軽くなったとか
そんな話ではない
ココロの豊かさを求めていた
けれどもなかなか完全復帰とまではいかなかった
帰り際
騒音の中に戻ることが億劫で仕方なかった
その時気づいた
まだまだ時間が足りないんだ
もっと時間が必要なんだと
“静”を求めて来たけれど
“自由”を求めていたのかもしれない
日常の中にありふれている”動”
それは忙しない
その創造された”動”が耳障り
創造された動は時間に追われたり
時間を制約されたり
誰かに支配されている時間のなかに存在している
“静”をもとめながら”自由”をもとめる
心が豊かになるには”自由”は必要不可欠だろう
少なくとも自分にとっては
